6月23日という日

今日は戦後60年の「沖縄慰霊の日」だった。
そして私の○○回目の誕生日。
昔から自分の誕生日のこの日には、テレビ・ニュースで沖縄の「慰霊の日」のことが取り上げられていた。母親からもこの「慰霊の日」がどういう日か聞かされてきたので、一人暮らしをするようになってからも、毎年自分の誕生日になるとこの「慰霊の日」のニュースが気になってしかたがなかった。
今日も夜に帰宅して見たニュースで「慰霊の日」に関するニュースがあったので興味深く見た。けれど、その情報量や取り扱われ方は昔も今もほとんど変わらない=全く増えていないような気がする。
同じ日本でありながら、そして、ここ数年の沖縄ブームにもかかわらず、なぜ沖縄が抱えてきている問題がもっと重要視されないのだろう。「慰霊の日」の意味やそれが持つ“命の尊さ”のメッセージが、なぜ学校で子供たちに伝えられることがないのだろう。私が覚えている限り、小中高の授業で、沖縄での悲しい戦争の歴史についての話がおこなわれたことは全く無かった。
また、観光で沖縄を訪れてその自然の美しさや人情に惚れる人が年々増えてゆく中で、
その自然保護や、絶滅の危機にさらされている多くの動物・植物の保護が巷で取り上げ
られる機会が増えてゆかないのはどうしてなのだろうか。(あのヤンバルクイナも、最悪の
場合にはあと5年から10年で絶滅する恐れがあるという。私たちはヤンバルクイナも朱鷺と
同じ運命を辿らさせるのだろうか。)
自分の周りの親しい人の命の重みも、全く知らない他人の命の重みも、そして昔の時代
に生きていた人たちの命の重みも、その重みはみな同じで尊い。
動物の命も自然の豊かさも、自分たち自身がその手で少しずつ壊しているのだという現実
を認識し、対応策を講じなくてはいけない時機はとっくに過ぎている。
一人ひとりの人間の命、動物の命、そしてそれを取り巻く自然を大事に出来ない私たちが
向かうその先には、一体どんな未来があるのだろう。
手術を終えた父親の病室で、人の命や人生について考えたこの2日間。
おぎゃあと生まれて以来はじめて、病院の中だけで過ごした誕生日。
まぁ、そんな誕生日があってもいい。
明日は会社へ出社。溜まった仕事やメールの量を考えると…コワイ。
けれど、人や動物の命や自然の豊かさを失なうことは、“コワイ”では済まされない。
このページの画像はk*sanctuary さんからお借りしています。